車の軽量化と性能の関係


 下手な運転を(シャクル)すると、ダンプがプロペラシャフトを落としたり、クラッチが焼けたり車は良く壊れ
ました。
 しかしその都度、車の評価はプロのドライバーによって指摘され、ディラーから評判はメーカーに伝わり
改良・強化されメーカーの売上に結果が反映したものです。

 メーカーは、必死に強化を図りますので、車は段々強くなっていきます。
坂に強いダンプ、ぬかるみからの脱出に強いダンプ、コンロッドの最後のコロン〜ん、で脱出できると
言う「いすゞ」は、土砂捨て場では評判でした。。運転手の快適さは2の次でガマンの運転は当たり前。
 そんな特長が、運転手の業種に支持されていた時代、車は積載量の倍以上、長さも結構改造して
どれだけ積むねん!と思うぐらい坂を止まりそうな速度で、真っ黒の煙を勢い良く吐いて走ったものです。

 車は、その強さと、未整備の国道の衝撃にも、果敢に壊れない挑戦を続けていた時代が、ユーザーを
テストドライバーとして進化していったのです。その時代の車は重かったです。実際時代の要請で、
万博70年開幕前当時は、どんなけ積んでも、捕まる事も無く、警察も捕まえないもので、完成が優先でした。

建設ラッシュがある程度落ち着くと、労働問題も含め、積載=車の限界的な発想が出てきます。
車の価値も、快適さにも及び、男でも持ち上げられなかったキャビンも、楽々。ワッパもパワステで
女性のドライバーも参入できるようになりました。

 きつい規制はいつの間にか解除され、各自動車の燃費や速度の追求に限界が生じ始めると、走る性能
以外にサービスが集中して、車の価格を押し上げます。
 言い分は色々有りますが、全国各地に、舗装が完備し、舗装率が100%近い日本の国では、
サスペンション関係の性能を車から分離すれば、はしょっても良くなったのでしょう。
地面からの衝撃も、車体が受けるダメージは昔ほどではない為、車体の強度もそれ程必要なくなり、
強度を誇張しなくても良くなりました。

 車体が、軽くなると当然車の速度性能が上がります。しかし、それは、車が必要としている性能を、
道路に預けていると言ってよいでしょう。
 地球全体を駆け回る視点に立てば、この頃から限界の低い車と成り下がったのです。
そこいらを走る乗用車は、街からは出ることが出来ません。 おそらく、1990年位が境目でしょうか?。

 1972年頃、アフリカのサハラを渡ってきた乗用車達は、実は大冒険だったに違いありません。

 サハラに取り残された残骸や、ケニヤのセレンゲッティーナショナルパーク草原に取り残され、他の冒険家の
部品供給車となり、残骸をさらす。
 それを放置した冒険家の離れがたい無念を感じ取る事が出来ます。

大陸では、日本の事情とは大違いです。泥が固まって石のように硬い深く掘れたわだちに10トンダンプが
車輪を取られ、デフのシャフトが抜け、立ち往生していた、部品を取りに行くといっても、1,000`に
近い街まで取りに行かないとならないわけです。
前後左右地平線、1日に車1台出会うことが有るか無しかの草原での事でした。(携帯電話の無い時代)

 車が車である意味は、人其々に車感が有りますが、目的地に行って、無事帰ってこれる車が車であると、
私は思うのです。